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フェルデンクライス・メソッドの教室:Awareness Through Movement


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04.フェルデンクライスメソッドのanecdote

モーシェ・フェルデンクライスの逸話です。

モーシェ・フェルデンクライスの経歴

フェルデンクライス・メソッドの成り立ちを考えていて、モーシェ・フェルデンクライスの経歴をまとめてみました。ややマニア向けですが、しばらく公開してみます。

嘉納治五郎とフェルデンクライス

Kanofeldenkrais_1
柔道の創始者である嘉納治五郎教授とフェルデンクライス博士の写真です。

http://www.judo-educazione.it/

sito di judo-educazione. Sezioni- judo-educazione , un'altra scuola , marcello bernardi, go o wei-chi.webloc

より、お借りしました。残念なことにイタリア語のサイトですが、写真も豊富です。イタリア語がわかる方は是非お読みいただいて、私にも教えて下さいね。

フェルデンクライス博士にも若い頃があったんですね。どうも、STARWARSのヨーダみたいに生まれた頃から、ああだったと思っていたりして(^-^)
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フェルデンクライス逆立ちを教える03

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今回は番外編といってもいいかな。リスクを負うこと、社会性、忍耐、そして、冷静と沈着の物語といったところでしょうか。

ベン-グリオンが実際に頭で逆立ちをするずっと前に、モーシェ・フェルデンクライスは取材に来た新聞記者にこの話を話していたので、記者はこのことを新聞に書きました。そして、この記事に刺激されて、世界中の医者からベン-グリオンにそんなことは止めるように説得する手紙が山のように届くようになったそうです。ベン-グリオンは「もう70歳なんだから頭で逆立ちするなんて発作の引き金になるし、たぶん命取りになるだろう」と医者たちは忠告したんですね。

ベン-グリオンが「どうなんだろう」と聞くと、モーシェ・フェルデンクライスは答えて、「だれが、よりリスクを抱えているのかな、君かいそれとも僕かな?もし、君が発作を起こして死んだとしたら、ベン-グリオンを殺した人間として僕は刑務所か、さらにひどいことに、残りの人生をあざけられながら過ごすことになるだろうよ。」と話したそうです。

そして、ベン-グリオンは続けることを選択しました。

モーシェ・フェルデンクライスは彼らがやっているこの長い過程が脳の周りの血管を徐々に強くしていくだろうことを知っていたのです。モーシェ・フェルデンクライスは最小限度の血管からの出血でさえ、成り行き任せにせずに、ベン-グリオンの目の毛細血管を観察することでモニターしていました。ちょっとでも目の充血が増すと過程をゆっくりにするか、回復する時間をもっとかけるかしていました。

(ジェリーはこのことに触れてましたね。これは冗談じゃないよってね。覚えてますよね?)

このように、ほんとうに全てがオーガニックラーニングで起きるように、ベン-グリオンの進み度合いは彼自身の生理機能でたえまなく調整するようにしていたというわけです。

ベン-グリオンは亡くなる数年前まで健康のままで政治に活動的に取り組み、87歳まで生きました。そして、モーシェ・フェルデンクライスはイスラエルの国宝と称せられるようになりました。

アメリカの図書館に行くとベン-グリオンの伝記や記録は沢山あります。でも、ほとんどの記録にはベン-グリオンの人生は長い間不健康に苦しんだが、65歳以降逞しくなり強健になったという事実関係が書かれているだけだそうです。そして、ただ、ごく一部の記録だけにベン-グリオンがモーシェのレッスンを受ける為に閣議の時間をずらすほど、このレッスンが重要なものであったことだけが書かれています。

まあ、驚くほどのことはないですよね。政治に個人の呼吸がどうだなんて関係ないんでしょうから...でもね。

ベン-グリオンはずーっとすごく気が短くてわがままだったようですが、二人の交流を通してに寛容さと思いやりと穏やかさを増すようになったそうです。

よりいろいろなことに気づくように、より効果的に機能するようになることを学ぶと生活のあらゆる面が向上して、世界は変わる.....。夢ものがたりかな....

手元の資料の紙がカサカサと音をたてながら揺れています。まるで、公言する夢と公言しない夢をささやいているようです。(完)

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フェルデンクライス逆立ちを教える02

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しばらくして、モーシェ・フェルデンクライスはベン-グリオンを定期的に毎日規則的に見るようになって、二人はとても親しい友人となりました。数年間を通して、ベン-グリオンの健康はドラマティクに向上して、楽しんで階段を駆け上ったり、イスラエル国会の建物の廊下を走ったりするようになりました。

彼らがどのようにして最初に頭で逆立ちをしてみようというアイデアを思いついたのかははっきりとは分かりませんが、あるとき、モーシェ・フェルデンクライスがベン-グリオンが頭で逆立ちをすることを助けることを二人が同意しました。ベン-グリオンがやりたがったという話もありますが、ベン-グリオンが特定の目的ではなく自分の喜びの為に何か厳密さを要求することをしたかったことによるようです。ベン-グリオンの専門でもある法律は厳密で正確さを追求するものでもありますから、ベン-グリオンは緻密で繊細な美とかそういったことが好きだったのかもしれません。

1962年の10月にベン-グリオンは76歳のときにテルアビブの自宅近くの浜辺で頭で逆立ちをしているところを撮影されます。その写真は大きく拡大されてアメリカ合衆国のパレードマガジン紙やTIMEに掲載されて大きな話題となりました。これはモーシェ・フェルデンクライスの名前が世界中に知られるようにもなったきっかけにもなりました。

モーシェ・フェルデンクライスは彼自身による最後のトレーニングコースのアムファーストでの2年目のトレーニングで頭で逆立ちをすることを教えましたが、彼の教えたやりかたは他のエクササイズやヨガの仕方とはまったく違う方法でした。

彼はそれぞれの動きをまったく努力感を感じなくてもすむように、そしてどこでも止められて滑らかに方向を変えられるという可逆的な動きでおこなうように指導しました。
両脚を床からいろいろな姿勢で持ち上げて優しくいろいろ速さで床に戻したり、気持ちよくあらゆる方向にねじったり、転がったり、受け身をしたりすることを学びました。どの方向にも安全に安心して倒れられることで、楽に立てるようにしていくのです。

この過程は、はたから見ているだけでは、頭で逆立ちをすることを学ぶことと関係していることをしているとは知れ得なかったでしょうし、しばらくの間は参加している生徒でさえ多くが結びつきを理解していなかったそうです。

この過程が続くにつれて、モーシェは頭で逆立ちをすることが完全にどうでもいいことになるまで頭で立たないように強調していました。

子供が気持ちよく探求したり、遊んだり、歩いたりすることを学ぶやり方を再創造することで頭で逆立ちをすることを学んだのです。モーシェはベン-グリオンと同じ過程を追いかけたわけですね。

日本でおこなわれたトレーニングコースでも、あのセグメントで同じ過程を追いかけました。そう、これは単なる昔話じゃないんですよ。現在進行形の物語なんです。これが皆さん自身の物語につながることを願って....続く

フェルデンクライス逆立ちを教える01

practical_feldenkrais_for_dynamic_health
これから話す物語は
Steven Shafarman著
Practical Feldenkrais for Dynamic Health
出版社: HarperCollins ; ISBN: 0722535872
によるものが大きいのですが、その他の著作やトレーナーの方々から聞いた話によって再構成しているものでもあります。よって文責は当然awarenessにあります。
それでは、始まり、始まり...(^-^)/

モーシェ・フェルデンクライスが1950年にテルアビブに戻ったとき、彼はデビット・ベン-グリオンにワークすることを頼まれました。

デビット・ベン-グリオンはイスラエルの初代の首相だった人で、その時代の医療では助けられない多くの健康に関する問題を抱えていました。ベン-グリオンは当時64歳でひどい背中の痛みと歩いたり、単に椅子から立ち上がるだけでも困難な呼吸不全の症状を抱えていました。でも、ベン-グリオンはすばらしく活動的で力強い個性の持ち主でもありました。それは彼は何年も農民として働き、初期のパレスチナの入植地の兵士として従軍した後で、数カ国語で法律を学んだ政治家としての経歴でも推測できます。

1950年当時、モーシェ・フェルデンクライスはまだあまり多くの年とった人たちとワークをしていませんでした。それで、彼はベン-グリオンを助けることができるか分からなかったのです。最初に会ったとき、彼はベン-グリオンの頭と首の動きを感じ取ることから始めました。

頭の可動性は動物にとっては必然です。そう、脅威や機会に反応できるように環境を知覚するために必要だからですね。

もし頭が十分に動かなければ、腰や股関節そして脚の筋肉群はたえまなくオバーワークで、呼吸はうやむやになり、十分なリラックスに到達することはできないでしょうし、たいてい心配やストレスを感じるでしょう!

そして、ベン-グリオンはこれらの問題のすべてを体験していたそうです。

しかし、モーシェ・フェルデンクライスはベン-グリオンの頭が小さい幅では完璧に動いたことに驚きました。ベン-グリオンの非凡な才能が肉体の機能に伸びていることを認識して、モーシェはベン-グリオンの手助けができることを知ったのです。

その後でモーシェ・フェルデンクライスはベングリオンに腰掛けの上に立って床に飛び降りてみてと頼んでみました。でも、ベン-グリオンはそうすることはできませんでした。飛び降りたら、痛みがでるんじゃないかって恐れていたし、単純に自分の楽しみでそんなことをしたことを思い出すこともできなかったのですね。

ベン-グリオンはイスラエルの独立させるという夢に全生涯を捧げていたので、深いところで自分の安らぎと健康を無視していたわけです。

続く

ジェリーのトレーニングコース

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フェルデンクライス メソッドのトレーニングコースのジェリーのセグメントが今日で終わりました。ゲストで参加しましたが、とても充実して楽しい時間を過ごすことができました。幸運にもジェリーにFI(個人レッスン)を受けることもできましたし、ロビーにも貴重なアドヴァイスをもらいとても感謝しています。

このセグメントでレッスンの背景からATMの個々の動きの意味や構成の理解の仕方、どのようにATMを組み合わせてやりたいことをするのかとに対して詳細な説明をしてもらいました。お陰でフェルデンクライスメソッドをより明確に理解することができました。このブログで感謝の言葉を書いても届かないとは思いますが、このセグメントを何回も想起することで感謝を示すことにしたいと思います。

このセグメントのテーマは頭で逆立ちを出来るようにすることでした。不可能を可能にする為にどのようなプロセスをたどればいいのかということを具体的な過程として体験します。そして、伸筋群と屈筋群の関係を明確にすることが頭で立つという可能性を生み出すということを理解していきます。より一般化すれば、これをこのセグメントのテーマと考えてもいいかな。そして、この過程を体験することで心理的なトラウマと動きの関連を発見することに発展したりして、過程こそが重要だと実感できる。うーん、やっぱりフェルデンクライスは面白いですよ。

このセグメントのテーマがいかに重要なことかは「頭で逆立ち」を何か自分のやりたいことに置き換えてみればわかりますよね。(*'-'*)ノ~☆・*。.:*・゚

昔ナボンさんにレッスンジャンキーだねとからかわれましたが、今でもそうみたいですね。\(^^)/ ほんとうにフェルデンクライスメソッドが好きなんだなと自分でも笑っちゃいます。おーっと皆さんにもクリアーな理解をお伝えするためにレッスンをしますから、よろしくお願いしますね。

今日はフェルデンクライス博士の誕生日!

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5月6日はモーシェ・フェルデンクライスの誕生日です。フェルデンクライス博士は1904年5月6日に生まれ1984年7月1日に亡くなりました。

ちょうど今日本でもフェルデンクライスメソッドの指導者養成のためのトレーニングが行われている最中ですね。年代がはっきりすることは参加している方々のも役に立つと思うので、日本のトレーニングコースでもよく話が出てくるフェルデンクライス博士自身がおこなったトレーニングコースの年代をプロフィールぽくまとめておきますね。

1969年から1972年にテルアビブで最初のトレーニングコースが行われました。このとき、卒業した13人ひょっとすると14人?がオリジナルとか最初の13人と言われる人たちです。このトレーニングは初めての指導者を養成するためのものだったため、フェルデンクライス博士自身もいろいろな試行錯誤をしながらの養成コースだったようです。録音された記録のようなものはどうもないようなんですが、そのときの様子はそのころ日本に在住していたミア・シーガル宛にフェルデンクライス博士からの手紙で逐一報告されていたそうです。

1972年 Esalen Institute (エサレン研究所)に招聘されて5週間以上にわたる公開ワークショップが開かれました。このワークショップはこの時代の多くの先駆的な心理学者やボディワークの研究者が参加したことでも有名です。翌年はやはりエサレンの招きでバークレーで公開ワークショップが行われました。

1975年から1978年サンフランシスコでトレーニングコースか実施されました。卒業生は70人ぐらいです。このトレーニングの生徒さんたちはミルトン・エリクソンの生徒やNLPの前身を作った人たちも多く参加していて、エリクソニアンも神経言語プログラムもフェルデンクライスメソッドも区別がない中で多くの体験と学習がなされたそうです。このトレーニングコースは講義録が作成されています。

1980年から1983年 マサチューセッツのAmherst(アムハースト)で博士最後のトレーニングコースが開催されました。このトレーニングコースの参加者は240人ぐらいで,博士によるFIのレッスンなどを多くビデオで記録されたものがあります。

それぞれのトレーニングコースで博士はコースをよりよいものにするように教え方にいろいろと工夫を重ねて発展させていったそうですよ。それでは、今、トレーニングコースに参加されている皆さんもこの期間が楽しく実り多いものでありますように。(^^)/”

正しいへびの身長のはかり方

snake
正しい蛇の身長のはかり方って知ってますか?

いきなり身長を測ろうとすると....
 へび君はおびえて縮んでしまって正しい身長は測れません。

でも、へびの身長のギネスブックに載せるからねと目的を告げてしまうと....
 へび君はがんばって、かえって縮んでしまうので、やはり正しい身長は測れません。

リラックスして長くなってもらいましょう。

FIの生徒さんがこれってフェルデンクライス・メソッドの説明に使えませんかと言って渡してくれた正しい生活の仕方という題名の絵本の一節でした。