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フェルデンクライス・メソッドの教室:Awareness Through Movement


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『骨盤の調整』星の会通信vol3

hosinokai
人の体の筋肉の中でもっとも大きなものは骨盤から初まっています。腹筋や背筋や大腰筋や大殿筋...沢山ありますよね。最も大きな筋肉群である骨盤の筋肉群をリラックスできたら、心と体の全体が調子良くなりそうです。

2月27日の星の会のフェルデンクライス・メソッドのレッスンではこの単純なアイデアから始めました。そして、みなさんが最後にやったダンスのような動きはとても優雅で見ていて嬉しいものでした。さて、今回はレッスンを思い出す助けとなる、ポイントを書いておきますね。

ちょっと、質問風に...

☆すでに習慣化しているので骨盤の筋肉が緊張していることがわからない。だから、自分に役立つかどうかわからない。

まあ、自分がしていることがわからなければ、必要性も感じないでしょうし、変えようがないですよね。

☆じゃあ、気がつけるようにするにはどうしたらいいのか?

さて、少しでもリラックスすれば骨盤の筋肉が緊張していたことがわかるようになります。そして、骨盤の筋肉群で無意識に余計な努力をしていることが見分けられるようになり、リラックスすることが学べます。
 
☆どうすれば骨盤の筋肉をリラックスできるか知りたい。

筋肉をリラックスさせようとするのではなくて、すでに緊張している個々の筋肉を個別に順々に緊張させてコントロールできるようにできるようにする。このレッスンをすることは逆に言えば、意識していなくても個々の筋肉を個別に順々にリラックスすることをしているということですよね。

そう、骨盤を自由に動かすことがポイントだったわけです。
で、骨盤を丸く回したわけですね。寝たり座ったり両肘で体を支えてやったりして、どんな姿勢でも骨盤が自由に動くようにすることを学びました。足を組んでやったりして、骨盤が動きにくい方向をはっきりさせたりもしましたね。さらに、骨盤の動きが体全体の動きに伝わっていることを発見してボディイメージが変化したかもしれません。

仰向けに寝ると、動きに関連した部分がよりリラックスしていましたか?他にも色々なことがありましたか?

フェルデンクライスのレッスンで感じることはひと様々です。みなさんにとってこのレッスンが自分にとってわくわくすることや楽しいことに結びつくといいなと思っています。
参加して頂いた皆様ありがとうございました。m(_ _)m

次回は3月13日19:00〜20:30です。ご参加はメールでご連絡ください。お待ちしております。(^^)/”

マグナスの論文

body_and_mature_behavior
このところBudolf Magnusのオリジナルの論文や関連する資料や論文を読んでいます。とっても面白いです。フェルデンクライスをやっていなかったら、こんな古典的な論文を読むことはなかったことでしょう。資料を手に入れることに協力して頂いたyamagiwaさん、そして私の教室に参加して下さっているお医者様にはとても感謝しております。お医者様に頂いた色々な資料から明確になったことがたくさんありました。私だけでしたら、きっとあたりがつかなかったことでしょう。m(_ _)m

なんで、マグナスなんて読もうと思ったかというと。モーシェ・フェルデンクライスが書いた「Body and Mature Behavior」。日本語にすると「体と成熟された行動」と訳しておけばいいかな。この本はフェルデンクライスメソッドの理論書です。この本をちゃんと理解したかったわけです。最近ペーパバック版が出版されていますから、興味があれば読んでみて下さいね。

ある分野を全く知らなくてもオリジナルや基本的な論文を10本位読むとその分野の基本的な事柄はつかめることは、経験しているので...。

他に関連する生理学の分野の文献があれば教えて下さい。とりあえず、マグナスのオリジナルペーパーは
on some results of studies in the physiology of posture, The lancet
on the co-operation and interference of reflexes from other sense organs with those of the labyrinths,The laryngoscope
があります。

1926年の論文に載っている、この時代の医療器具の広告には笑えます。この広告をブログに載せたら著作権を侵害することになるのかな?

筋トレ

gim
スポーツにつきものの筋肉トレーニングは過激にやると、ときに動きの滑らかさとエレガントさを損なう場合が確かにあると思います。

そこで、

動きの滑らかさとエレガントさを損なわずに筋トレができるのか?

ジェリーのアイデアは

『ウェイトトレーニングをやるときに重さを徐々に増やしていけばよい。』

うーん、単純なアイデアですね。ウェバー・フェヒナーの法則(Weber-Fechner's law)
を利用して重さの増加を感じられない程度に増やしていけばいいということですね。生徒さんからの質問でフェルデンクライスメソッドと他のトレーニング法を同時にやれるのか?ということにジェリーが答えたものでした。

フェルデンクライスメソッドの様々なアイデアや考え方を色々なことに応用してみることはとても実践的に重要なことですよね。色々なことと併用して使ってみればいいよね。そのためにこのブログでは様々な症例やバックグラウンドとなる理論を上げていっているわけです。おっっと話が横道に...(^^;)

モーシェ・フェルデンクライス自身がやったことは前に記事(達人への道)を書いたので、別の例を上げてみますね。

中国武術のある錬功法では両腕を泥の桶につけて錬功して、泥が乾いたらまた両腕を泥の桶につけてというように繰り返します。これはこのアイデアを利用しているものでしょうね。バーベルを握って筋肉を緊張させるより、指が動く状態でトレーニングする方が筋肉群を分化して発達させることできるので有効なやり方じゃないかな。

運動能力を筋肉量のみで判断することはあまりにも実際の動きからかけ離れているとは思います。例えば、ベンチプレスでバーバルを持ち上げるのなら、肩の可動性をあげて、より骨で重さを支えるようにすれば、同じ筋肉量でも持ち上げやすくなります。

自分のやっているスポーツや自分の活動に必要な筋肉を必要に応じてつけていけばいいのではないでしょうか。筋肉が必要だからと息を止めて力んで頑張って汗がわきでてこないと効果がないと決めつけてませんか?ボディビルダーのような体を作り上げるためには必要なことかもしれません。プロテインとか飲んでね。

フェルデンクライスの多くのATMレッスンでは少しずつ負荷をかけてやることが多いです。まさに、気がつかないほどですから、これでは筋肉がつかないと考える方もいるとは思いますが、その人に必要な筋肉はついていくと私は考えています。自分に必要なものを意識した上で必要があれば、自分の必要な筋肉をウエイトトレーニングなどでつけてみたらどうでしょう。

フェルデンクライス・メソッドのレッスンとは

Feldenkrais
『フェルデンクライス・メソッドのレッスン』は能力を向上するようにデザインして作られています。

このレッスンは不可能を可能にし、難しいことを簡単にし、簡単なことを楽しいものに変えることで、可能性の境界を拡大します。

簡単で楽しい活動だけが個人の習慣的な生活の一部になって、いつでも役に立つことでしょう。

モーシェ・フェルデンクライス

The ‘lessons’ are designed to improve ability, that is to expand the boundaries of the possible, to turn the impossible into the possible, the difficult into the easy and the easy into the pleasant. For only those activities that are easy and pleasant will become part of a person’s habitual life and serve them at all times.

Moshe Feldenkrais

フェルデンクライス逆立ちを教える03

head_stand
今回は番外編といってもいいかな。リスクを負うこと、社会性、忍耐、そして、冷静と沈着の物語といったところでしょうか。

ベン-グリオンが実際に頭で逆立ちをするずっと前に、モーシェ・フェルデンクライスは取材に来た新聞記者にこの話を話していたので、記者はこのことを新聞に書きました。そして、この記事に刺激されて、世界中の医者からベン-グリオンにそんなことは止めるように説得する手紙が山のように届くようになったそうです。ベン-グリオンは「もう70歳なんだから頭で逆立ちするなんて発作の引き金になるし、たぶん命取りになるだろう」と医者たちは忠告したんですね。

ベン-グリオンが「どうなんだろう」と聞くと、モーシェ・フェルデンクライスは答えて、「だれが、よりリスクを抱えているのかな、君かいそれとも僕かな?もし、君が発作を起こして死んだとしたら、ベン-グリオンを殺した人間として僕は刑務所か、さらにひどいことに、残りの人生をあざけられながら過ごすことになるだろうよ。」と話したそうです。

そして、ベン-グリオンは続けることを選択しました。

モーシェ・フェルデンクライスは彼らがやっているこの長い過程が脳の周りの血管を徐々に強くしていくだろうことを知っていたのです。モーシェ・フェルデンクライスは最小限度の血管からの出血でさえ、成り行き任せにせずに、ベン-グリオンの目の毛細血管を観察することでモニターしていました。ちょっとでも目の充血が増すと過程をゆっくりにするか、回復する時間をもっとかけるかしていました。

(ジェリーはこのことに触れてましたね。これは冗談じゃないよってね。覚えてますよね?)

このように、ほんとうに全てがオーガニックラーニングで起きるように、ベン-グリオンの進み度合いは彼自身の生理機能でたえまなく調整するようにしていたというわけです。

ベン-グリオンは亡くなる数年前まで健康のままで政治に活動的に取り組み、87歳まで生きました。そして、モーシェ・フェルデンクライスはイスラエルの国宝と称せられるようになりました。

アメリカの図書館に行くとベン-グリオンの伝記や記録は沢山あります。でも、ほとんどの記録にはベン-グリオンの人生は長い間不健康に苦しんだが、65歳以降逞しくなり強健になったという事実関係が書かれているだけだそうです。そして、ただ、ごく一部の記録だけにベン-グリオンがモーシェのレッスンを受ける為に閣議の時間をずらすほど、このレッスンが重要なものであったことだけが書かれています。

まあ、驚くほどのことはないですよね。政治に個人の呼吸がどうだなんて関係ないんでしょうから...でもね。

ベン-グリオンはずーっとすごく気が短くてわがままだったようですが、二人の交流を通してに寛容さと思いやりと穏やかさを増すようになったそうです。

よりいろいろなことに気づくように、より効果的に機能するようになることを学ぶと生活のあらゆる面が向上して、世界は変わる.....。夢ものがたりかな....

手元の資料の紙がカサカサと音をたてながら揺れています。まるで、公言する夢と公言しない夢をささやいているようです。(完)

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星の会通信2月

hosinokai
生まれたの赤ちゃんは自分の足に興味をもって触り、そして握ったりします。あたかも偶然のように寝返りをうったりします。これが楽しければこの動きで遊ぶことでしょう。そして転がり続けると座ってしまったりして、さらに、動き続けるとひょっとしたら立ってしまうかもしれません。赤ちゃんはゆっくりと楽しみながら学んでいくのですね。赤ちゃんは寝返りをすること、座ること、立つことを目標にしゃにむに頑張るわけではきっとないのでしょう。

2月6日の星の会でのフェルデンクライスのレッスンではそんな赤ちゃんの成長を追いかけてみたいと思いました。

なぜ赤ちゃんの成長をいまさら再体験しなきゃいけないのか?って質問がきっとあると思います。

大人が立ったり、歩いたり、しゃべったりするやり方は赤ちゃんのとき作り上げられたものが大きいですよね。大人になってかかえるさまざまな故障や問題....、ひょっとすると、それは成長の過程で身につけた「いらない習慣」のせいかもしれません。

赤ちゃんの成長過程をもう一度振り返ることで、自分にとって不必要な習慣を手放すこともできるようにしたかったから。これが理由の一つです。

とはいえ、フェルデンクライスのレッスンで学べることは様々です。なにか感じることがあれば大切になさってください。

たとえ、苦手な動きであっても、それを楽で心地よい範囲でやることで自分をいたわることが学べて、そして、新しい可能性が開けます。きっと、自分にやさしいって大切なことですよね。\(^^)/ 

そして自分にとって苦手な動きこそ,改善するための扉になることに気がつかれることでしょう。(^-^)

参加していただいたみなさんが動きの過程を楽しまれていた様子は、見ている私にとっても楽しいものでした。遠方から来て頂いた方々はゆったりとした休息の時が、いつも参加して頂いている方々には回を追うごとに深まる感じがあることを願っています。

ありがとうございました。m(_ _)m
次回は2月27日(月)、3月13日(月)の19:00〜20:30です。
ご参加はメールでご連絡ください。お待ちしております。(^^)/”

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フェルデンクライス逆立ちを教える02

head_stand
しばらくして、モーシェ・フェルデンクライスはベン-グリオンを定期的に毎日規則的に見るようになって、二人はとても親しい友人となりました。数年間を通して、ベン-グリオンの健康はドラマティクに向上して、楽しんで階段を駆け上ったり、イスラエル国会の建物の廊下を走ったりするようになりました。

彼らがどのようにして最初に頭で逆立ちをしてみようというアイデアを思いついたのかははっきりとは分かりませんが、あるとき、モーシェ・フェルデンクライスがベン-グリオンが頭で逆立ちをすることを助けることを二人が同意しました。ベン-グリオンがやりたがったという話もありますが、ベン-グリオンが特定の目的ではなく自分の喜びの為に何か厳密さを要求することをしたかったことによるようです。ベン-グリオンの専門でもある法律は厳密で正確さを追求するものでもありますから、ベン-グリオンは緻密で繊細な美とかそういったことが好きだったのかもしれません。

1962年の10月にベン-グリオンは76歳のときにテルアビブの自宅近くの浜辺で頭で逆立ちをしているところを撮影されます。その写真は大きく拡大されてアメリカ合衆国のパレードマガジン紙やTIMEに掲載されて大きな話題となりました。これはモーシェ・フェルデンクライスの名前が世界中に知られるようにもなったきっかけにもなりました。

モーシェ・フェルデンクライスは彼自身による最後のトレーニングコースのアムファーストでの2年目のトレーニングで頭で逆立ちをすることを教えましたが、彼の教えたやりかたは他のエクササイズやヨガの仕方とはまったく違う方法でした。

彼はそれぞれの動きをまったく努力感を感じなくてもすむように、そしてどこでも止められて滑らかに方向を変えられるという可逆的な動きでおこなうように指導しました。
両脚を床からいろいろな姿勢で持ち上げて優しくいろいろ速さで床に戻したり、気持ちよくあらゆる方向にねじったり、転がったり、受け身をしたりすることを学びました。どの方向にも安全に安心して倒れられることで、楽に立てるようにしていくのです。

この過程は、はたから見ているだけでは、頭で逆立ちをすることを学ぶことと関係していることをしているとは知れ得なかったでしょうし、しばらくの間は参加している生徒でさえ多くが結びつきを理解していなかったそうです。

この過程が続くにつれて、モーシェは頭で逆立ちをすることが完全にどうでもいいことになるまで頭で立たないように強調していました。

子供が気持ちよく探求したり、遊んだり、歩いたりすることを学ぶやり方を再創造することで頭で逆立ちをすることを学んだのです。モーシェはベン-グリオンと同じ過程を追いかけたわけですね。

日本でおこなわれたトレーニングコースでも、あのセグメントで同じ過程を追いかけました。そう、これは単なる昔話じゃないんですよ。現在進行形の物語なんです。これが皆さん自身の物語につながることを願って....続く

フェルデンクライス逆立ちを教える01

practical_feldenkrais_for_dynamic_health
これから話す物語は
Steven Shafarman著
Practical Feldenkrais for Dynamic Health
出版社: HarperCollins ; ISBN: 0722535872
によるものが大きいのですが、その他の著作やトレーナーの方々から聞いた話によって再構成しているものでもあります。よって文責は当然awarenessにあります。
それでは、始まり、始まり...(^-^)/

モーシェ・フェルデンクライスが1950年にテルアビブに戻ったとき、彼はデビット・ベン-グリオンにワークすることを頼まれました。

デビット・ベン-グリオンはイスラエルの初代の首相だった人で、その時代の医療では助けられない多くの健康に関する問題を抱えていました。ベン-グリオンは当時64歳でひどい背中の痛みと歩いたり、単に椅子から立ち上がるだけでも困難な呼吸不全の症状を抱えていました。でも、ベン-グリオンはすばらしく活動的で力強い個性の持ち主でもありました。それは彼は何年も農民として働き、初期のパレスチナの入植地の兵士として従軍した後で、数カ国語で法律を学んだ政治家としての経歴でも推測できます。

1950年当時、モーシェ・フェルデンクライスはまだあまり多くの年とった人たちとワークをしていませんでした。それで、彼はベン-グリオンを助けることができるか分からなかったのです。最初に会ったとき、彼はベン-グリオンの頭と首の動きを感じ取ることから始めました。

頭の可動性は動物にとっては必然です。そう、脅威や機会に反応できるように環境を知覚するために必要だからですね。

もし頭が十分に動かなければ、腰や股関節そして脚の筋肉群はたえまなくオバーワークで、呼吸はうやむやになり、十分なリラックスに到達することはできないでしょうし、たいてい心配やストレスを感じるでしょう!

そして、ベン-グリオンはこれらの問題のすべてを体験していたそうです。

しかし、モーシェ・フェルデンクライスはベン-グリオンの頭が小さい幅では完璧に動いたことに驚きました。ベン-グリオンの非凡な才能が肉体の機能に伸びていることを認識して、モーシェはベン-グリオンの手助けができることを知ったのです。

その後でモーシェ・フェルデンクライスはベングリオンに腰掛けの上に立って床に飛び降りてみてと頼んでみました。でも、ベン-グリオンはそうすることはできませんでした。飛び降りたら、痛みがでるんじゃないかって恐れていたし、単純に自分の楽しみでそんなことをしたことを思い出すこともできなかったのですね。

ベン-グリオンはイスラエルの独立させるという夢に全生涯を捧げていたので、深いところで自分の安らぎと健康を無視していたわけです。

続く

Shall we dance?

Feldenkrais

自分にとっては当然の理由から、決して踊らない男性が参加するダンスパーティーを想像してみてください。彼はいつも踊り方を知らないと言ってあらゆる誘いを断っていました。でも、ある女性がこの男性を気に入って彼を熱心に説得してフロアーに連れ出します。

彼女自身が動くことで、彼女はなんとか彼も動くようにしました。そのダンスはあまり複雑ではありません、ぎこちない時が流れて、音楽がその動きと関係していると彼の耳が告げるとき、彼は彼女の動きがリズミカルなことを意識するようになります。それでも、ダンスが止まるとき、彼はほっとしました。そして、彼は自分の席に戻って、ひと息つくことができました。

その晩の終わりには彼は彼女の動きやステップにもっと楽についていけるとわかって、彼女の足にぶつかることを避けることさえできるようになりました。彼は頭の半分ではたぶんそれほど下手じゃなかったなと思いますが、自分はまだ踊ることができないことを知っていました。

2回目のパーティの後では彼はダンスは自分に向いていないという信念をぐらつかせるほどすばらしく進歩しました。

さらに次にパーティでは、ある女性が彼がそうであったように一人で座ったままでいるのことに気がついて、その女性をダンスに誘います。まだ、自分はあまりうまくないと不満を言いながらね。

そのとき以来、踊るようになってから、彼は言い訳から始めることを忘れてしまいました。

...彼は自分の潜在能力について何も知らないのにかかわらず学んだのですね。

モーシェ・フェルデンクライス

Imagine a dancing party attended by a man who never dances, for reasons best known to himself. He always declines all invitations to participate saying that he does not how. One woman, however, likes the man sufficiently to persuade him to take the floor. Moving herself, she somehow manages to make him move too. The dance is not very complicated, and after a few awkward moments when his ear tells him that the music has something to do with it, he becomes conscious that her movements are rhythmical. Nevertheless, he is relieved when the dance stops and he can return to his seat and breathe again. At the end of the evening he finds he can follow her movements and steps more easily, and can even avoid bumping into her feet. Half thinking, he feels that perhaps he has not performed so badly, although he knows that he still cannot dance.
After going to a second party, he makes sufficient progress to shake his conviction that dancing is not for him. At the next party, finding a woman left sitting alone like himself, he asks her to dance, still protesting that he is not very good. Ever since then he has danced, forgetting to begin with an apology.
... He learned notwithstanding his ignorance of his latent ability.

Moshe Feldenkrais

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